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2008年5月

残業の考え方

リンク: <a title="中間管理職以下はヘトヘトだ!残業ゼロブームには裏がある - 速報 ニュース:@nifty" href="http://news.nifty.com/cs/headline/detail/gendai-02036797/1.htm">中間管理職以下はヘトヘトだ!残業ゼロブームには裏がある - 速報 ニュース:@nifty</a>.

仕事に関してだが、私は大手証券会社が最初の就職場所であった、朝は7時半出社。

出社時には日経新聞を読みつぶし、8時からサテライトでマーケットの注目ポイントが映像で流される、その後会議がある。 この会議では今日の目標や今日までの進捗状況が話され9時から相場が始まる。

新人だった私はこのマーケットがあいている間はひたすら新規開拓から、

3時にマーケットが閉まると、今度は訪問外交、新人の我々は見込み客の訪問と新規顧客開拓。

 6時~7時に帰社すると、一旦ミーティングがあってさらに電話攻勢、その日の数字が終わっていないと、9時~10時頃まで仕事が続いたあと、10時頃もう一回ミーティングがあり、『もうあんまり時間がないぞ、ア~ンまで電話しろ』みたいな指示が出る。

 10時半から11時まで電話をした後食事といえば、居酒屋しかもストレス溜まりまくりだから少し飲んだ後必ずラーメン(オロチョン地獄ラーメン)みたいな1日だった。 なにしろ3年で36キロ体重が増えましたし1日3箱煙草も吸うヘビースモーカーでしたからどう考えても体にはよくなかったでしょう。

 証券マンの1日は昔こんなものでした。現在はどんなものかはわかりませんが、当時のこれを考えると1日が14~15時間拘束13時間以上は働いていましたね。しかし残業代などつける1日だけで5時間近い残業ですから、1か月100時間はざらだったのでは?

しかし戦力外の私が(新人で配属されて間もない時)たとえば相続の問題で困っている幼稚園のオーナーにあたって5000万投資信託が決まった時など、6時には早帰りなど、営業を学ぶ上では営業は、お給料を頂きながら、数字さえできていれば残業もないし、何していてもいいのだということを学びました。

つまり数字ができていればプレッシャーもないし、ストレスもない。もちろん残業もない。

 時間内に終わらない仕事量ならば会社側に問題アリ、時間内に終わる仕事を終わらせられないならこれは従業する側の責任をまざまざと勉強しました。

 私自身新規開拓は本当に楽しく新人で法人部の課長が可愛がってくださったこともあって、大手の法人から、金融法人、学校法人を新人にして軒並み開拓、法人開拓コンペでも1か月で15社の法人開拓など、とても順調に顧客数を伸ばした。また公認会計士や弁護士といった或いは医師のような特殊な職業の方で顧客開拓を進めたせいもあり、また例えば公認会計士の先生のクライアントで亡くなった方が出たような時、その方の資産を特に株や債券あるいは投資信託などを資産算定し資産の圧縮などを逆にご指導し、さらにクライアントを伸ばしたり泥臭いドサ周りもしたが頭脳プレーも心がけた、そういう方向に目線を移すと、一人医療法人化という医療制度改革や、宅建業法の改革など、制度改革や税制改革にちなんでうまく経費の参入の仕方、などを勉強しご指導していくうちに、相当なお客様を頂くにいたった。

そんな状況であったので前出のような大口の商いが都度決まり、そういうヒーローが出ると定時退社が常になった。しかしながらよく段取り八分といわれるように、段取りがうまくできているとヒットもホームランも出やすくなるのであった。(もちろん毎日出来る訳もないのでできたときのみをクローズアップしているわけだが。

 実際株のお客様でも怪物のようなクライアントをいくつか開拓した。億単位の商いも何回も体験させてもらい、1億で手数料が50万とか売り買いで、90万とかの手数料を頂いていたので、しかもそれほどのロットのお客さまなので、私扱いで支店長が勝手にお客様と話をして作っていただいていたので、通常の新人クラスの売上であれば、1か月分の商い手数料が月初の初日に終わってしまっていることも稀ではなかった。

 新規開拓に全身全霊を駆け、とにかくドサ周りと1日300件テレコール、あとは頭脳プレーを繰り返すのみで、貯金も、エクイティ(変動商品も)営業部のみなさんを十二分にフォローできていたのではないでしょうか。

 できない時もありました、外国株の割り当てが来てどうにも買ってもらえない、営業マン一人一人に割り当てが来て、消しこみと言って無くなるまで終わらない。私だけ割り当てたものができず、一人ができないと御店全体が終わらないために、私のためだけに営業全員が居残りみたいな。

 こういうときの残業代は、私の責任ですよね・・・・

 仕事は前出のようにできる内容のものにを残業に残してしまうものは働く者の責任だと思いましたね、時間内に終わらせさえすれば、あとの時間はいらないわけですから。

 しかし絶対終わらないような分量(この分量を判断するのが難しいと思いますが)なら残業は会社のせい、残業代は当然。

 この微妙なラインをどれだけしっかり見極めるかですね。 

現職の実際温浴施設の運営などにも言えるのですが。正社員と委託業務の歩合の違いなどについて行ってみると、大半が業務委託の歩合の人間が行っているが、あと5年後、10年後同じ体力で出来るなら問題はないだろうが、今のまま雇用側が、同じスタイルならどうであろう。40代50代のセラピストはだんだんいらなくなる。20代からの若いセラピストが早い段階で世代交代を始めると、段々体力も無くなり、その上になるべく多めに収入を取りたい人は疎まれる。また世代交代がされるとそれ以降の働き口が閉ざされるとなると、正社員と違って何の保証も得られないのような雇用メカニズムで果たしていいのか今後労働基準法の中でも問われていくことになるであろう。

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75歳以上の高齢者は死ねと


現在でも日本の自殺者年間3万人の中8000人は経済的問題からだという。

こんな制度がまかり通っていては、一体何人の自殺者を出せば理解がされるのだろう。

痛みを伴う、痛みを共有するための.法制度とは言われるものの、死んでしまえば、どうやって痛みを感じるのか。

<後期高齢者医療>「生活ギリギリ」

 北海道や福岡県など10の道県で、障害を抱えたお年寄り3400人余が、後期高齢者医療制度への加入を「強制」され、拒否しているという。加入しなければ障害者医療費の助成を受けられないと知りつつ、今後の保険料の負担に耐えられない現実がのしかかるというのが現実。重い障害を抱えながら長年働き、家族を養う人たちは、制度のはざまに落ち込み、疑問の声を上げる。

 T市の新聞販売店勤務、Nさん(71)は聴覚障害2級で、肉声での会話は困難だという。耳鼻科や眼科にも通う必要があり、4月3日に受診、窓口で自己負担分430円を支払った。3月までは県と市の医療費助成があり、負担はゼロ。引き続き助成を受けるには後期高齢者医療制度に入る必要があったが、にもかかわらず見送ったという。

 妻(66)と2人で新聞を配り、月収は約17万円。年金も約20万円あるが、配達用の車のガソリン代などで十数万円が消える。知的障害者施設で暮らす長男(37)、重症心身障害者施設に入所の次男(35)のため、月4万円を欠かさず積み立て「生活はぎりぎり」なのはもっともだ。

 3月に郵送されてきた新制度の通知を手に、市役所に出向いた。妻と息子、有料老人ホームで暮らす母親(91)は、Nさんの政府管掌健保の被扶養者で月々の保険料は7200円。Nさんが同制度に入ると、全員が個別の健康保険に入らなければならず、保険料総額は1万1700円に増えてしまう。

 Nさんは、付き添いの友人のおかげで職員の説明をやっと理解し「今の収入では負担できない」とその場で加入を拒んだ。

 だが、今後は障害者対象の医療費助成が受けられず、日常的な通院で負担を強いられる。「通院だけならまだしも。今は事故も入院も考えたくない」という。

 「私が新制度に移れば、子供たちの保険も必要になる。それは絶対に無理。制度の変更を国は真剣に考えてほしい」。Nさんは筆談を交え、そう訴えたという。

絶対無理なものを、窓口では何と回答したのか。拒否するには拒否する理由があり、絶対無理とされる今回の問題に用意されている解答は一体何なのか。

この実態が若者に負担を強いるが故の、高齢者にも努力を求める制度の実体か?

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